2023年07月 無縁坂

 文京区湯島にある坂の名前である。シンガーソングライターの「さだまさし」さんの曲で「無縁坂」がある。上野の不忍池を背にして、東京大学付属病院に向かう200mほどの緩い坂である。江戸時代に、「無縁寺」があり、それが名前の由来になっていると。この歌では、母親の人生を坂道に喩えながら、年老いた母に対する息子の想いが歌詞に綴られている。母親は「子育て」いう坂道を登っていく。その背中を見る息子たちは、母親に対して、どのような思いを抱いていたのであろうか?という自問自答。実在の坂であることは知らなかった。母親を思う物悲しい歌だった記憶が強い。6月、ご縁があって、無縁坂近くに居を移した。登ってゆく坂の左手には「旧岩崎邸庭園」がある。1878年(明治11年)に三菱財閥初代の岩崎弥太郎が屋敷を構えた場所。まだ訪れたことはないが、洋館など見どころがあるようだ。

 「文京区湯島」とはどんな街なのだろうか?まだまだ散策ができていない。地図で確かめてみると、文京区本郷三丁目、台東区池之端、上野公園に隣接している。上野恩賜公園の一角には、不忍池がある。公園内、近くは、国立博物館、国立科学博物館、国立近代美術館、上野動物園、東京文化会館などの文化施設が揃う。上野東照宮、寛永寺に始まり、根津神社、湯島天満宮など神社仏閣が多い。本郷三丁目には、東京大学のキャンパスが広がり、上野公園には、東京藝術大学がある。さらに検索してみると文京区ゆかりの文人が多い。近隣に居を構えていたのは、夏目漱石、樋口一葉、石川啄木などなど。自分としては、あまりご縁のなかった文学の世界。これを機に触れてみようかと思う。

 東京メトロ「湯島駅」1番出口を出てすぐ横にお蕎麦屋さんを見つけた。「湯島春近」である。店主は78歳。奥様と切り盛りされている。蕎麦は、十割細麺。PRポイントは「機械打ち」。蕎麦道に進む人は、蕎麦は「手打ち」というのが常識で、機械で打つのは邪道。という認識を持っていた。しかし店主の荒井久さんは、2015年に長野「おさんざ」(信州うどん)屋として開業。2017年には、蕎麦にも参入。元々大手出版社で編集の仕事された経験からか、全国の蕎麦屋を取材し、高齢化して激減していく蕎麦屋業界の先を懸念。ご自身の70歳を超えての生き方を熟考し、体力による衰えを気にせずに、60歳、70歳でも蕎麦屋を開業して成功する事例を実践されたいと奮闘しておられる。偶然、大手出版社時代、私の前職広報部取材のご縁もあったようで、より親近感を持てた。65歳になると介護保険証が、75歳では、後期高齢者保険証が手元に届く。世間的には、高齢者をいたわらなければいけない風潮が強まり、「終活」を特集した情報が溢れている。人生100年時代と言われる中、60歳、70歳代で終活といわれても、その先の30~40年の生き方を受け身で過ごしていくような風潮に疑問を感じていたので、荒井さんの生き方、考え方は大いに刺激になった。自分自身の仕事でも高齢者対応の厳しい基準を設け、手厚い気遣い、親切に気を配る、いたわりモードである。これを機会に、店主の人生感を聞きながら、お蕎麦をいただきに行こうと思う。

 新たな地を訪れること。普段は、出張、旅行以外に機会はない。仕事で、1か月以上の長期出張、転勤で経験できる。ただ頻繁にあるわけでもない。賃貸生活の特権というか、自分の意志で、違う地で生活が
できるというのも、前向きに考えて、新しい経験を積む機会になることだと気づいた。簡単なことではないが、新しい地を訪れること、新しい出会いを作ること。この先の人生もまだまだ楽しいのではないだろうか?日頃の慣れた環境から、月に一度でも飛び出してみることをお勧めしたい。

令和5年7月吉日
悟空の里主人 金森 悟