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2018年10月 若大将

 約40年ぶりに訪れた「逗子マリーナ ヨットハーバー」で、加山雄三のライブを聞いた。
大学生時代、加山雄三に憧れ、「君は加山雄三になれるか?」という本を買い求め読んだ。
シンプルには、「スポーツ万能で、女の子にもてる」像であった。私は、元々体育会系(中学:剣道、高校:水泳、大学:テニス)で学生時代を過ごしてきたので、そこそこ運動はできた。しかし「女の子にもてる」には縁がなかった。
大学生時代を1年余計に通う機会に恵まれ(?)た。
長年お手伝いしてきたボーイスカウトの訓練の一つにヨット(ディンギー:1~2人乗り)があり、当時指導者として「子供たちに何かあったらモーターボートで救助に行く。」という勝手なイメージを持った。大学近くに日産ディーゼルのショールームの中「メイキッス」という喫茶があり、そこに「小型船舶」免許の案内があり免許の存在を知る。中学時代の東海大学海洋学部に進学した友人に免許取得のことを聞くと、「せっかく取るなら、4級ではなく、1級のほうがいいよ!」との回答に無謀にも「小型船舶1級」を受講。

「これで加山雄三に近づける!!」

 ところが大問題発生!! なんと私はひどい船酔いをすることに、講習を受け始めて気づく。後戻りはできない、体育会系性格。船酔いしながらも免許取得。卒業証書をくれた教官からは、「金森さん、免許はあげるけど、レジャーにはならないよ!」と苦言をいただいた。講習で知り合った年長の方から彼らの船「AOLELE(あおれれ:サモア語で「青い空にプカプカ浮かぶ雲」)」に誘われて、週末は三浦半島の油壷に通うようになった。何度船に乗っても船酔いを解消することはなく、「加山雄三に近づく」は、断念か・・・。しかし年齢的に10歳以上年上の大人たちとのヨットの中での語らいは、楽しく、人生勉強になる。そんな魅力から離れられず37年が経過した。

 実は、今回の「若大将カップ 2018」は、私にとって免許を取得してから、初めて挑むレースであった。
ところが、前日からの突然の体調不良により、お邪魔になってもいけないとレース参加を断念し、表彰式&加山雄三ライブのみへの参加となった。来年は、是非参加したい。(加山雄三は、「私が生きていれば、来年はレースに出たい!」と冗談を飛ばしていた。)

 ところで、「若大将シリーズ」の映画はどんなものであったのだろうか?Wikipediaで調べてみた。

1)大学生シリーズ(11本):①「大学の若大将」(1961)、②「銀座(1962)」、③「日本一」(1962)、④「ハワイ」(1963)、⑤「海」(1965)、⑥「エレキ」(1965)、⑦「アルプス」(1966)、⑧「レッツゴー」(1967)、⑨「南太平洋」(1967)、⑩「ゴー!ゴー!」(1967)、⑪「リオ」(1968)

2)社会人シリーズ(5本):「フレッシュマン」(1969)、「ニュージーランド」(1969)、「ブラボー!」(1970)、「俺も空だぜ!」(1970)、「若大将対青大将」(1971)、

3)20周年記念: 帰ってきた(1981)

 私の大学生時代は、1977年から1982年の5年間(?)。上記をみると、私の大学生時代と上映タイミングはかぶっていない。しかしその後、リバイバル上映などが繰り返され、その際に見たことがきっかけであったのだと思う。また大学も同窓であったので、イメージを勝手に重ね、憧れに!!

 81歳の加山雄三のライブは、改めて感動し、じわっと目頭が熱くなった。自分の学生時代からの思いもあるが、改めて、加山雄三の存在は、自分の人生の中でかなり大きいのだな~!!と再認識した。

 みなさんも学生時代、それから繋がる現在、自分に何が大きな影響を与え、今の自分ができているか?
そんなことを振り返ってみせんか? じわっと感じるものが、味わえるかも??

平成30年10月15日
悟空の里主人 金森 悟

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